まず言っておこう。私はUMPCが大好きだ。もっと言えばPDAが好きだ。
その前提で、これからの記事を読んでほしい。
PDAというのはいわゆるあれだ。電子辞書みたいなサイズで、カレンダーとかメールとか、簡単なWebブラウジングができる旧時代のITツールだ。
UMPCというのは「ウルトラモバイルPC」の略で、おおむね8インチ未満ぐらいのサイズ感で、どこへでも持ち出せるポータブルなPC、なかでも、ノートPCと同様のクラムシェルタイプのPCを指すことが多かった。
こういうPCやPDAには、実用性だけでないロマンがあったのだ。
かつてのノートパソコンというのは、でかくて重くて、とても気軽に持ち運べるようなものではなかった。なので、趣味でPCを持ち歩きするなどというのは苦行も苦行、仕事上やむを得ない事情がある人が、「仕方ないから」PCを持ち歩くというのが基本だったのだ。Wifiもなかったしね。
だけど、UMPCやPDAは、たとえばポケットからスッと取り出してなんか他の人にはわからないことをやっている、というようなシーンができるという意味で、子ども心に「なんかカッケェ…!」と思っていた。スパイ映画みたいなね。こういう憧れを子ども時代に持ったことがある人は、生涯PDAやUMPCという言葉に反応せざるを得ない体質になってしまっているわけだ。
UMPCやPDAとは何をするためのツールだったのか
さて、そもそもUMPCやPDAとは何をするためのツールだったのか?簡単に言えば、「PCを本格的に展開できない空間において、手元だけでできるライトな処理をするための機械」だと考えればいい。つまり、メールの送受信や書類の原案づくり、メモ、カレンダー、スケジュール帳、場合によっては翻訳や録音などの機能を持ったものもあった。これらがデスクのない環境、たとえば喫茶店や飲食店での待ち時間、あるいは電車や飛行機などの移動時間にも処理できるとあって、多忙を極めるビジネスマンの仕事を支援する道具であったわけだ。
もっとも、こうした機能はフィーチャーフォン(ガラケー)の登場によって大部分が代替された。パケット通信の量は現代と比べ少なかったり、性能には制限があったものの、移動している人間が一応常時通信ができるようになったし、ガラケーでもメモ機能やスケジュール機能が使えるとあって、ほとんどの層はガラケーで用が足りていた。一部、ガラケー配列の入力に最後まで抵抗していた勢力と、Webブラウザがない(PCサイトビューアーなどのサービスはあったが)と主張する勢力によって、ほそぼそとPDAの需要が生き残っていた。
Netwalker PC-Z1
Sharpの「Netwalker PC-Z1」や「Zaurus」などのPDAツールは、ガラケーが登場してもそれはそれとして、仕事はやっぱりPDAでやるでしょ、クラムシェル最強でしょ、という勢力によって、ほそぼそとその需要が保護されてきたわけであるが、現代ではほぼ死滅した。なぜならば、スマートフォンが台頭したからである。PDAが担ってきたすべての機能が、現代ではスマートフォンで代替できる。さらに言えば、スマホでできるがPDAではできないというものがあまりにも多すぎるわけだ。よって、現代においてはかつてのPDAが「機能面で」スマホに勝ることは99.9%ないといっていいだろう。
突如として復活したUMPC
PDAの需要が死滅し、またPCは小型ノートよりも大画面・高性能化が進んだ2020年頃からの流れだったのだが、なぜかそれとほぼ同時に「UMPC」カテゴリが盛り上がり始めた。
たとえば、GPDの「GPD WIN」シリーズや「GPD Pocket」シリーズ
GPD Win
GPD Pocket
ONE-Netbookの「ONEMIX」シリーズ
ONEMIX
などが代表的だろうか。そして、PDAの再興とでも言うべきデバイスも登場し始めた。
たとえば「f(X)tec pro」や、「Gemini PDA」、「Cosmo Communicator」などがある。
Gemini PDA
Cosmo Communicator
個人的には、「なんでやねん」と思いつつも、後者のPDA再興の流れはわからなくもなかった。スマートフォンで採用されるOSに様々なアプリが登場して、業務支援のデバイスとしては使い勝手がよくなったものの、どうしても長文入力はやはりフリックよりキーがあるほうが早いという層がある程度存在する。私もそうだ。
とはいえ、どうしても出先でスマートフォンで長文を入力するなら、普通にBluetoothキーボードを買えばすむことだ、とする見解もある(私もそうだ)
このスリーアールのキーボードは折りたたみ機構があり、打鍵感も悪くないので重宝している。(アフィリエイトプログラムではないのでPR表記は不要だ)
リモートワーク・在宅ワークの流行とUMPC
さて、2020年前後というと、やはり記憶に強く残っているのは新型コロナウイルス感染症と、それによる(世界では)ロックダウン、日本においては「在宅ワーク・リモートワーク」が一躍脚光を浴びたという点だ。
そして、UMPCやPDAっぽい端末が次々とこのタイミングで出されたのも無関係ではないだろう。在宅ワーク・リモートワーク初心者としては、小型でどこにでも持ち出せるUMPCやPDAらしき機械は、さぞ魅力的に映ったことだろうと思う。しかし、極めて残酷なことを言えば、在宅ワーク・リモートワークにUMPCは「不向き」だ。
小型で可搬性の良いPCがなぜリモートワークに不向きなのか?
リモートワーク・在宅ワークは、オフィスという場所に縛られずに働くことができる働き方だ。つまり、オフィスでなくとも自宅、カフェ、シェアオフィス、ネットカフェなどあらゆる場所が仕事場にできる。このような背景から考えれば、UMPCやPDAはリモートワーク向きではないか、と怒られそうなものだ。
しかし「どこでも仕事ができる」ということは、自分にとって最も快適で仕事のパフォーマンスが出る場所で仕事ができるという自由が与えられたのである。結論、どう考えても広いディスプレイと十分なパフォーマンスを発揮できる大型のPCを展開できる自宅が最強の選択肢となる。
UMPCやPDAは、そうした「大型でハイパフォーマンスなPCが”展開できない場所”で仕事ができる」ように作られているデバイスだ。それはどんなシーンが想定されるかといえば、要するに一定時間そこにいなければいけない環境、たとえば航空機での移動中、新幹線や電車での移動中、公共機関や病院などでの待ち時間、レストランやホテルなどでの打ち合わせ前の待ち時間という、簡単に言えば「スキマ時間」だ。
なお、リモートワークという「職場からの開放」を経験したばかりの人は、なんとなくイメージで「カフェで仕事しちゃおっかな♪」などと考えがちであるが、あらゆる面から見てカフェでの仕事は推奨できない。盗難、紛失、情報の盗み見、周囲の騒音、電源確保、Wifi…と、課題が山積みである。在宅ワークの名のとおり、結局のところ自宅が最強である。カフェでやるならスマホかタブレット+Bluetoothキーボードにしておけ。UMPCやPDAはそれ単体で、中程度のノートPCが買える価格になっている。コストパフォーマンスの点からもおすすめはできない。
結論
UMPC、PDAというカテゴリの製品は、現代においては「ロマン」だと思っておくといい。確かに、小型のPCでこんなこともできる!おもしろい!という体験はできるし、カフェや飲食店でさっとPCをカバンから出してカタカタッと仕事をして、すぐに片付けるというのはいかにもスマートだ。だがそのスマートさを演出するために数十万の出費を伴うのは、やはりロマンでしかない。
かつて、仕事に使えるようなデバイスが重く、大きく、通信環境も整っていない時代に、一部のビジネスマンを支えたこういうデバイスがあったんだよ、と、憧憬の眼差しを向けるデバイスであるべきだ。それほどまでにスマートフォンやタブレットという発明は偉大だということでもある。
新製品のPDAやUMPCが出るたび、私もどうしてもその情報を追いかけてしまうし、Amazonでは「ほしい物リスト」に入れる。しかし、それだけだ。少なくとも現代において、実用性を求めてUMPCやPDAを買ってはいけない。あくまで「ロマン」でしかないのである。